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名古屋高等裁判所 昭和51年(ネ)156号 判決

控訴人・附帯被控訴人(被告) 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 泉昭夫

同 石川則

被控訴人・附帯控訴人(原告) 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 酒井祝成

同 後藤美智男

主文

本件控訴及び附帯控訴をそれぞれ棄却する。

当審における訴訟費用中、附帯控訴のみに関する部分は被控訴人(附帯控訴人)の負担とし、その余の部分は控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

事実

第一(当事者双方の申立)

一  控訴人(附帯被控訴人)代理人は

1  控訴の趣旨として

「原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」

2  附帯控訴に対する答弁として

「本件附帯控訴を棄却する。」

との判決を求めた。

二  被控訴人(附帯控訴人)代理人は

1  控訴に対する答弁として

「本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。」

2  附帯控訴の趣旨として

「(一) (主位的請求)昭和四六年三月一日愛知県○○郡○○町長に対する届出によってなされた附帯控訴人と附帯被控訴人との間の婚姻は無効であることを確認する。

(二) (予備的請求)原判決主文一項と同旨

(三) 訴訟費用は第一・二審とも控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。」

との判決を求めた。

第二(当事者双方の主張、答弁)

一  被控訴人(附帯控訴人)代理人は、当審において新たに婚姻無効の訴を主位的請求として追加し、従前の離婚の訴を予備的請求に変える旨訴の交換的変更を申立て、右婚姻無効の請求原因として

「被控訴人(附帯控訴人―以下単に被控訴人という。)と控訴人(附帯被控訴人―以下単に控訴人という。)は、昭和四五年一二月二〇日挙式して爾来名古屋市○区○○町の住居で事実上夫婦として生活し、その間同年一二月末、被控訴人は婚姻届に被控訴人の署名捺印をし、これを早く届出でるよう頼んで控訴人に托しておいたのであるが、控訴人はその後も一向にその届出をしないばかりか、昭和四六年一月下旬には被控訴人に「男を連れ込んだ。」との疑いをかけて口論するなどのこともあって、被控訴人に対し一片の愛情すらなく、被控訴人としてもこのような控訴人に対し妻としての愛情を抱くことができず、その夫婦生活に失望し、同年二月上旬仲人に対してそれとなく結婚生活を解消したい旨告げ、前記婚姻届が未だ届出されていないことを知った直後、同月二四日結婚解消の堅い決意をして家出した。右家出に際し、被控訴人は、その意思を明らかにするため、控訴人から贈られた婚約指輪と結婚指輪を自宅に置いていった。被控訴人は、同月下旬家出先の四国から肩書住所の被控訴人の実家に連れ戻されたのであるが、直ちに両親に右結婚解消の意思を伝えた。被控訴人と控訴人の婚姻届は、このようないきさつのあと、さきに被控訴人が控訴人に托しておいた婚姻届に基づいて、その後の同年三月一日控訴人により届出で、受理されたものであるが、右の事情から、届出前の家出の時点において、被控訴人の婚姻の意思は全く喪失するに至っており、控訴人もその事実を知りながら、事実上被控訴人との結婚解消を困難ならしめるため、嫌がらせとして右の届出をしたものである。即ち、右婚姻届は、その届出当時被控訴人の婚姻の意思を全く欠いていたのであるから、右届出による被控訴人と控訴人の婚姻は法律上無効であり、従って、被控訴人は控訴人に対し右婚姻無効確認の判決を求める。」

と述べ、予備的請求については、

「仮に右婚姻が無効でないとしても、被控訴人と控訴人との婚姻関係は、控訴人が憎しみと意地で被控訴人の離婚の請求を拒絶し続けているだけのことであって、婚姻の届出後二人の間に何ら実質上の夫婦生活はなく、また互いに愛情も全くなく、昭和四六年一月以降回復しがたい程度までに完全に破綻している。」

と付加陳述するほか、原判決事実摘示三記載の請求原因と同一であるから、これをここに引用する。

二  控訴人(附帯被控訴人)代理人は、被控訴人の主位的請求原因の事実を否認する旨述べ、予備的請求原因に対する答弁等としては、左のとおり付加陳述するほか、原判決事実摘示四記載のとおりであるから、これをここに引用する。

「被控訴人は控訴人と結婚する以前に、かつての勤務先の同僚訴外米田耕一と恋愛関係にあったところ、被控訴人の父の意向で実家に連れ戻されたあと、父親の強い勧めに従って控訴人と結婚することになったのであるが、その結婚生活は約二か月をもって破綻した。その破綻の原因は、右結婚生活の間、被控訴人が松山市内の右米田耕一と文通し、或は大阪方面に出向いて同人と密会したのち、昭和四六年二月二四日右米田の誘惑によって遂に無断家出し、同人方に行って数日外泊するなど、新婚生活を放棄し、夫である控訴人を裏切った被控訴人の不貞行為に専ら原因するものであって、控訴人には何らの責めがなく、右のような有責者である被控訴人が破綻を事由として離婚の請求をすることは許されない。」

第三(証拠関係)《省略》

理由

第一主位的請求(婚姻無効)について

《証拠省略》を総合すると、

一  被控訴人は、昭和四五年八月頃肩書住所で父親乙山秋男の営む染色業の事務手伝いをしていたが、同月末頃杉木松雄の紹介で当時電気器具加工作業場に勤めていた控訴人と結婚の見合いをし、二週間後には被控訴人と控訴人の婚約が成立し、同年一二月二〇日右杉木松雄夫妻、山川谷次夫妻の仲人を立てて挙式し、新婚旅行から帰ったあと、名古屋市○区○○町内の住居で新婚生活に入った。

二  右の夫婦生活をするようになってから、被控訴人と控訴人とは、日常生活の些細な事で控訴人が文句を言うことなどから、その仲が必ずしもしっくり行かなかったが、被控訴人はそれでも正式の夫婦になるべく、正月前後頃婚姻届に所要事項の殆んどを記入し、署名捺印して、これを控訴人に手渡し、その届出を早くしてもらうよう控訴人に頼んでおいたが、控訴人は一向にその届出をせず、また、日常の夫婦生活の中でも、前記のほか、控訴人の勤務先が控訴人の妹夫婦の経営する作業所であることもあって、控訴人の朝の出勤が遅くて凡帳面でなく、自動車の運転も赤信号を無視して走るので、被控訴人がそれを注意すると、「事故は起きるときは起きるんだ。」と言って聞こうとせず、更に、控訴人が勤務先から帰宅するや、いきなり、男と歩いていたとか、男が訪れたと言って被控訴人を責め、就寝前にも何かと小言を言って被控訴人を不快に陥れるということなどが重なり、被控訴人は、控訴人の右のような言動や生活態度から控訴人に夫としての愛情を感ぜず、その性格ともあいまって、被控訴人自身も次第に嫌けがさすようになり、昭和四六年一月半ば頃には控訴人との結婚生活に希望を失うようになっていた。

三  被控訴人は、右のような事情からその結婚に思い悩んでいたが、正月頃仲人の前記杉木を訪れた際に、控訴人の自動車の運転が乱暴であることを漏らしただけで、その後も、仲人はもちろん、被控訴人の両親、控訴人やその両親に対しても結婚解消の意向を示したことはなかった。しかし、その正月に、かつて被控訴人が大阪市内の会社で働いていたときの同僚で、当時松山市内に住んでいた独身の男性訴外米田耕一から、被控訴人の実家に年賀状が届き、その返事の手紙を出したりしているうちに、密かに文通や架電を重ねるようになり、誰にも打ち明けなかった前記の悩みを右米田に伝えたところ、同年二月二〇日頃同人から、「被控訴人が今の生活を辛抱できないなら、一日も早く当地に来るのを待っている。仕事の目当てもある。被控訴人のために全力で努力するつもりである。」旨の手紙が届き、被控訴人は前記婚姻届が未だ届出されていないことを確認したうえ、控訴人との結婚生活を解消するつもりで遂に家出を決意し、同月二四日控訴人の出勤したあと、右米田宛に小荷物を発送するとともに、衣類等の手荷物をまとめ、誰にも告げず、書き置きもしないで家出を敢行した。

四  被控訴人は、家出後米田を訪ねて松山市に赴き、一日目は同市内のビジネスホテルに、二日目は米田の両親の家に、三日目は自分の借りたアパートに泊って三泊四日を過ごしたが、被控訴人の父親の依頼を受けて連れ戻しに来た前記大阪市の会社の友人に説得されて直ちに帰路につき、同年三月一日頃被控訴人の実家に帰り、同日控訴人とも会ったが、被控訴人はその際結婚解消の話合いをすることもなく、当分そのまま被控訴人の実家に滞在することになった。

五  他方、被控訴人がさきに署名して控訴人に托しておいた前記婚姻届は、被控訴人の家出前の同年二月二〇日頃、被控訴人の父乙山秋男が保証人として署名捺印したあと、控訴人の父親甲野一夫の許に渡り、同月二四日夜被控訴人の家出を知らせに行った控訴人が、右父親の家で署名捺印してその届出を父親一夫に依頼し、同人は被控訴人が家出先から帰って来た同年三月一日になって控訴人の氏を称する右婚姻届を愛知県○○郡○○町長に届出でた。

六  なお、その後被控訴人は同年三月末まで実家に滞在したが、双方の父親や仲人らが話合った結果、当分の間冷却期間として被控訴人が控訴人の両親の許で生活することになり、同月三〇日頃肩書本籍地の右甲野一夫方に行き、約二週間家事の手伝いをしながら過ごしたが、その間控訴人が一度も訪れず、芳しい結果も出なかったので、再び被控訴人の実家に戻った。

以上の各事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

そして、以上認定の諸事情からすると、なるほど被控訴人の家出は、控訴人との結婚生活に失望した結果、二度と帰るつもりがないほどの堅い決意で、訴外米田を頼り、未知の土地で新しい生活を始めようとして企てたもので、その行動自体に徴し、被控訴人がそれまでの控訴人との結婚生活(内縁)を解消する気になり、この家出の時点において婚姻の意思を喪失していたもののように窺えないではないけれども、一方被控訴人は、それよりさき結婚後間もない頃から、婚姻届を早くするつもりで、自ら婚姻届に署名捺印するほか、所要事項を記入するなどしてこれを控訴人に托し、確かな婚姻の意思を控訴人らに表示していたものであり、前記のような決意で一旦は無断家出をしたものの、三日後には連れ戻しに来た使者の説得を受けてその決意を翻し、昭和四六年三月一日頃被控訴人の実家に帰り、その際控訴人や身内の者にも、ことさら婚姻の意思を失った旨を表明することもなく、この間前記婚姻届は所定の形式を整えて同日提出、受理されるに至ったものであり、被控訴人がその後復縁の意思を窺わせるかのように仲人等の話合いの結果に応じて控訴人の両親の許で暫時生活したという事後の事情をも総合勘案するならば、被控訴人が右届出の時点において控訴人と婚姻する意思を全く欠いていたと断定するには足りない。

そうすると、右婚姻意思の不存在を理由とする被控訴人の婚姻無効確認の主位的請求は理由がない。

第二予備的請求(離婚)について

《証拠省略》を総合すると、被控訴人は、前記のように昭和四六年三月三〇日から約二週間控訴人の両親の家に滞在していたが、控訴人はその間全く妻のいる自分の実家を訪れようとせず、もちろん夫婦としての改めての話合いも行なわず、そこで被控訴人は再び被控訴人の肩書住所である実家に戻って、爾来同所で両親と共に生活しているのであるが、その後間もない同年五月下旬頃仲人山川谷次の斡旋で被控訴人及び控訴人、その双方の父親らが話合い、双方本人にいずれも同居して夫婦生活をやりなおす意思がないということから、被控訴人が控訴人に結納代の返還、その他経費の賠償等として合計金七〇万円を支払う条件で一旦離婚の合意が成立し、同時に前記○○町の住居に置いたままになっていた被控訴人の荷物の引取りを数日後にすることになったので、翌六月被控訴人側で右荷物の引取りに赴いたところ、控訴人から不満を唱えられて右引取りを拒絶され、結局右合意の履行ができないまま一年有余を打ち過ぎ、昭和四八年二月頃になって被控訴人から名古屋家庭裁判所豊橋支部に離婚の調停申立をしたが、不調に終り、同年一〇月頃今度は控訴人から夫婦関係調整の調停申立がなされたが、これも同様不調に終り、この間控訴人は被控訴人の離婚の要求に対し、一、五〇〇万円以上の高額な慰藉料を請求するなどして常識に合った話合いをしようとせず、本件離婚の訴提起となった事実を認めることができる。

そして、右の事実関係と前項認定の諸事情並びに弁論の全趣旨を総合考慮すると、昭和四五年一二月二〇日の挙式によって始まった被控訴人と控訴人の夫婦関係は、翌昭和四六年三月一日の婚姻届出以前の内縁の段階において、被控訴人の家出により破綻を招来し、右の届出による法律上の婚姻成立後は夫婦として同居したことは全くなく、互いに復縁するについて積極的に話合いをし、努力をした事実もなく、単にその婚姻解消のための談合、調停、訴訟等にいたずらに年月を費しているだけであって、もとよりそれぞれに夫婦としての愛情や信頼は今や全くなく、特に控訴人は、他の男性を頼って家出した被控訴人を憎しみ、未練も愛情のかけらもないのに、意地だけで被控訴人の離婚の要求を拒否しているに過ぎないことが推断され、その婚姻関係は完全に破綻し、形骸化していて、回復しがたい事情にあると認めるのほかない。《証拠判断省略》

しかして、右のような事情にある被控訴人と控訴人との関係は、民法七七〇条一項五号所定の婚姻を継続しがたい重大な事由がある場合に該当するというべきところ、控訴人は、不貞行為等の右責者である被控訴人が離婚の請求をすることは許されない旨主張するので、この点について考察する。

前項第一の一ないし四で認定した事情からすると、なるほど被控訴人の家出は、内縁の夫婦として同居中の控訴人を裏切り、独身の男性を頼って無断出奔したものであって、その行為は同居義務違反、悪意の遺棄に該り、しかも右家出が前記婚姻関係の破綻、形骸化の直接の原因をなしている点において、被控訴人に有責者としての責めがあることも明らかである。しかし、被控訴人の有責性は右限度にとどまり、それ以上に控訴人が主張するような不貞行為があったと認めるに足りる証拠はない(《証拠判断省略》)。のみならず、被控訴人の家出は、これもさきに認定したとおり、結婚後二か月余りの間の夫婦生活における控訴人の無理解、非常識な言動、夫らしい愛情の欠如等に原因、由来していることも明らかであって、控訴人にも一半の責任があり、その家出自体の外形的行動だけをとらえて、前記破綻、形骸化の責任がひとり被控訴人のみにあるということはできない。

そして、右のような被控訴人の有責性の度合と態様のほか、別居中の話合いで控訴人も一度は婚姻に同意し、のちにそれを覆えして現在に至っていること、調停中に提示した損害賠償の要求も常識に合わない高額なものであって、離婚拒否の態度に首肯しがたいものがあり、前述のように被控訴人に対する憎しみと意地だけでその拒否を続けていることが窺えることなど各般の事情を併せ勘案すると、被控訴人の前記有責性を本件離婚請求の障碍とするのは妥当でなく、これを許すのが相当であり、従って、被控訴人の予備的請求(離婚)は理由がある。

第三結論

以上の次第であるから、本件附帯控訴に基づく被控訴人の当審における主位的請求(婚姻無効)は理由がないので、右附帯控訴を棄却することとし、被控訴人の当審における予備的請求(離婚)はこれを認容すべく、右判断と同旨に帰着する原判決は相当であるから、控訴人の本件控訴はこれを棄却すべく、当審における訴訟費用の負担につき民訴法九五条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村上悦雄 裁判官 深田源次 春日民雄)

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